TRN ST5

こんにちは。今回は 「TRN ST5」です。4BA+1DD構成で金属シェルの採用、50ドル台の価格設定という、改めて低価格ラインの「売れ筋」で投入された意欲作という感じです。TRNの4BA+1DD構成というと、現在の躍進の起点ともなった「TRN V90」で採用された構成ですし、同様の構成で競合するKZの代表的ハイブリッドモデルの「KZ ZS10 Pro」も最近「ZS10 Pro X」というモデルが出ました。今回の「TRN ST5」ではダイナミックドライバー部分でベリリウムコート振動板を採用するなどTRNらしいアップデートが行われており、音質面でもドライバー構成を活かした「イマドキ」のチューニングが行われている印象です。

■ 製品の概要について

中華イヤホンブランド「TRN Audio」は、もともとは低価格の中華ハイブリッド製品でいわゆる「多ドラ化」の流れを牽引してきたメーカーのひとつとして知られます。しかし昨今の品質面、音質面での進化はめざましく、多ドラ化では低価格ハイブリッドの「TRN VX Pro」(8BA+1DD構成)やマルチBAでは15BAの「BA15」でひとつの頂点に達しました。さらにKnowles製BA、Sonion製EST、14.5mm平面駆動など、従来の低価格イヤホンの枠にとらわれず、様々なタイプのドライバーを積極的に採用し、幅広いラインナップを揃えるイヤホンブランドとして完全に進化を遂げた感もありますね。

TRN ST5TRN ST5
そして、今回の「TRN ST5」は4BA+1DD構成で金属シェルの採用し、50ドル台の価格設定からも実質的に「TRN V90」および「TRN V90S」をリプレースするモデルといえるでしょう。競合が多い価格帯での新たな主力モデルという位置づけなのが伺えます。

TRN ST5」の最大の特徴はハイブリッド構成で主に低域を担う10mmダイナミックドライバー部分で「ベリリウムコート振動板二重磁気回路ダイナミックドライバー」を採用したことでしょう。従来より低域の余韻を深くし迫力のあるサウンドを実現したとのこと。このドライバーは以前レビューした「TRN TA1 Max」に搭載されているドライバーと同じものと考えられます。「TA1 Max」がKnowles製BAを1基と組み合わせたハイブリッド型なのに対し、「TRN ST5」では自社調達の2系統のBAを配置した3Way構造とし、より細やかなチューニングを行っていると推測されます。
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BA部分については、中音域に「50060」BAを2基、高域に「30095」BAを2基それぞれ並列で搭載しています。それぞれの音域で同じBAドライバーを2基並列に配置し、それぞれのBAユニットへの出力を分散することで、1個で鳴らすより特に高ゲインでのBA特有の歪みを抑制する効果が期待できます。これはKnowles製などと比べ単価は大幅に安いぶん品質に相応の差がある中華製BAでのデメリットを解消する手法として、TRNなどが「多ドラ」モデルで積極的に採用していますね。今回の「TRN ST5」もセオリー通りの構成といえるでしょう。そして各ドライバー間のクロスオーバー(3Way)はTRNにより入念なチューニングが行われています。
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TRN ST5」のハウジングは剛性の高い航空グレードのアルミニウム・マグネシウム合金を使用し高精度の5軸CNC加工により成形されています。物理的な共振の影響を効果的に回避しクリアな音質を実現します。また、側面の空気孔(ベント)によりキャビティ内の空気圧の動的バランスを調整し、鼓膜への負担を取り除き、心地よいリスニング効果を実現します。シェル形状は人間工学のデータに基づいて設計されておりタイトで快適に装着でき、耳から落ちにくいです。わずか6g(片側)の軽量設計で耳への負担を軽減し長時間使用しても快適装着できます。
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付属するケーブルは8芯タイプの高純度無酸素銅(OFC)銀メッキ線ケーブルを採用。プラグ部分は3.5mmステレオおよび2.5mm、4.4mmのバランス接続プラグの交換が可能なモジュラータイプを採用。それぞれの形式の交換プラグも付属します。

TRN ST5」の購入はHiFiGoまたはアマゾンのHiFiGoマーケットプレイスにて。
価格は59.80ドル、アマゾンでは8,063円です。急激な円安の関係で掲載時点ではアマゾンのほうが実質的に低価格で購入できる逆転現象が起きていますね。
HiFiGo: TRN ST5
Amazon.co.jp(HiFiGo): TRN ST5


■ パッケージ構成、製品の外観および内容について

TRN ST5」のパッケージは最近の「TA1 Max」などのモデルと同様のサイズのボックスですが、箱を開けてみるとちょっと内容が異なります。「TA1 Max」や「VX Pro」では円形のメタルケースが収納されていた場所には付属品が入っており、今回はケースは付属しません。「TRN ST5」では60ドル以下の価格設定を前提として、ケースよりプラグ交換式のケーブルを優先したのかもですね。
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パッケージ内容はイヤホン本体、ケーブル(8芯銀メッキ線)、交換プラグ(3.5mm、2.5mm、4.4mm)、イヤーピース(白色タイプ、黒色タイプがそれぞれS/M/Lサイズ、ウレタン1ペア)、説明書、保証カードなど。
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TRN ST5」の本体は金属製シェルですが本体は軽量です。フェイス部分のロゴがプリントされた突起部分を中心に円形の模様はプリントで施されておりシェル形状自体はシンプル。ロゴ部分は側面のスリット状のベント(空気孔)につながるデザインとなっており一体感のあるデザインとなっています。背面部は耳にフィットしやすいデザインで装着性は良く、多くの方が違和感無く使用できるでしょう。
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TRN ST5」のサイズ的には比較的コンパクトな印象だった「TRN V90」と比べて厚みこそ若干あるもののフェイス部分はむしろ小さく、その後の「TRN V90S」よりひとまわり小さくまとめられています。また馴染みのあるKZやTFZなどの主要モデルと比べても若干コンパクトなのがわかります。
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イヤーピースは一般的な白色タイプとより柔らかい黒色タイプ、そしてウレタンタイプが付属します。この辺は最近のTRN製品と同じですね。付属品のほか例によって定番のJVC「スパイラルドット」やAcoustune「AET07」、またよりフィット感の強いタイプでは「SpinFit CP100+」など、自分の耳に合う最適なイヤピースに交換するのも良いでしょう。
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ケーブルは銀メッキOFC線の8芯タイプのケーブルが付属します。このケーブルは「TRN Kirin」で付属するケーブルと同じですね。「TRN VX Pro」が従来タイプの細いケーブルが付属品だったことを考慮すると、50ドル台の低価格モデルで8芯のプラグ交換式ケーブルを最初から同梱しているのはかなり思い切った選択でしょう。最初からアップグレードケーブルが付属するのは有り難いですし、リケーブル不要でバランス接続ができるのも良いですね。


■ サウンドインプレッション

TRN ST5」の音質傾向はやや中高域寄りでキレのある弱ドンシャリ。高域および低域に分かりやすいインパクトを感じるあたりにTRNのハイブリッドらしさを感じますが、同社の既存製品に多い派手めのサウンドと比べると随分整った印象も受けます。同じベリリウムコート振動板のドライバーを搭載した「TRN TA1 Max」の場合は、実際に聴いた印象でかなりメリハリが強く「いかにもTRNぽい音」という印象を受けますが、「TRN ST5」ではクロスオーバーがより調整されており、各音域で密度感が増しています。

TRN ST5ちなみに、TRNやKZ/CCAなどの10mmダイナミック+(マルチ)BAの構成による低価格ハイブリッドの場合、各ドライバーがそれぞれの音域を担当しているというより、実際には10mmダイナミックドライバーがフルレンジで鳴り、追加するBAで高域や中高域を補完する、とい調整を行っています(+シェル形状による箱鳴りもあり)。イメージとして音質の7割くらいはダイナミックドライバー部分が決めているといっても過言ではないでしょう。
そのため同じベリリウムコート振動板ドライバーを使用する「TRN ST5」と「TRN TA1 Max」もある程度は近いサウンドになるのですが、「TRN TA1 Max」はよりメリハリを効かせた派手さのあるサウンドに仕上げているのに対し、「TRN ST5」では各音域でBAの主張を強め、全体としてかなり厚めに鳴るようにまとめています。ともすると音がごちゃつくようなケースも考えられますが、「TRN ST5」のベリリウムコート振動板ドライバーは中高域についても非常にシャープになるため、個々の音がしっかり分離し、音数の多い曲でも籠もること無く広い音場で明瞭に鳴ってくれます。ベリリウムコート振動板のスピード感のあるシャープな特性を活かした興味深いチューニングですね。

なお「TRN ST5」はインピーダンス22Ω、感度120dB/mWという仕様は小型のオーディオアダプターでも十分に鳴らすことができ、同時に過度に反応が良すぎないところで、ほとんどの再生環境で問題なく鳴らすことができるでしょう。ただしプラグをバランス接続に替えた場合などで、僅かな歪みや曲によっては微細なヒスノイズを感じる事があるかもしれません。

TRN ST5TRN ST5」の高域は明瞭でスッキリした音を鳴らします。解像感のある明瞭な音で金属質な印象はありますが伸びの良さも感じられます。ちなみに初期のTRNは「30095」BAをやたら派手に鳴らしていたイメージがありますが、最近ではドライバーユニット自体のアップデートも含め過度な刺激を感じる事はほぼ無くなりました。それでもバランス接続で駆動力を稼いだりある程度ゲインを上げるとちょっとギラつきのある「らしさ」が顔を出します。そういった意味ではいかにもハイブリッドらしい音で、繋がりの良さや滑らかさとは異質のものです。この辺の特徴を「TRNぽさ」と好意的に捉えるかどうかでこの製品の印象は変わってくるでしょう。

中音域は明るく鮮やかさのある音を鳴らします。密度感のある印象ながら1音1音のキレが良く、綺麗に分離してくれるのが分かります。音場は広さがありますがただ広がるのでは無く空間がそこにある印象。奥行きも捉えやすいでしょう。ボーカル帯域は比較的近くで定位し、解像度の高い詳細な音を鳴らします。ハイブリッドらしい硬質でドライな印象ですが、密度感があるため僅かな温かみを感じる場合もあります。特徴的なのは1音1音にキレの良さとスピード感があるため音数の多い曲でも固まること無く鳴ってくれる点。いっぽうで響きが少ないため余韻はあまり感じられず、あっさりした印象にも感じられます。クロスオーバーはよく処理されている印象ですが、シングルダイナミックのような滑らかさとは異なりハイブリッドらしさを感じる部分もあります。

TRN ST5低域はミッドベースを中心にパンチ力のある音を鳴らします。非常にパワフルで量的にも多い印象ですが、中高域の主張も強いため全体のバランスとしては従来のTRN製品ほど強くは感じないかもしれませんね。ミッドベースは直線的でアタックはスピード感があり、中高域同様にキレの良い印象。重低音も強さがありますが解像感はそれなりで音数の多い曲では捉えきれない場合もあります。「TA1 Max」ではそこまで感じませんでしたが、「TRN VX Pro」のカーボンナノチューブ(CNT)振動板の低域と比べると質感に相応の差があり、「TRN ST5」のベリリウムコート振動板ドライバーがより中高域の質感を重視したチューニングであることを実感します。


■ まとめ

というわけで、「TRN ST5」は4BA+1DD構成の50ドル台のモデル、というある意味最も「低価格中華ハイブリッドらしさ」を求められるジャンルで、「らしさ」にも配慮しつつ「イマドキ」のチューニングを目指した興味深いイヤホンだと感じました。バランスは良く使いやすい印象ですし、外観もクールですので比較的多くの方に勧めやすい製品だろうと思います。
TRN ST5やはり「TRN ST5」がパワフルな低域を持ちつつ全体としては中高域寄りの音作りがされているのは、昨今の特にストリーミングのチャート上位などに見られる音数を減らし低域を強調した曲が増えていることなど、ユーザーの嗜好性の変化も影響しているのでしょう。TRNの場合は「TRN VX」あたりからドンシャリ傾向でも中高域寄りまたはニュートラルな方向にチューニングすることが増えています。マルチドライバー構成ながら「VX Pro」よりドライバー数の少ない「TRN ST5」はかつての「V90」や「V90S」のように本来は多少派手さに振るチューニングがポジションとしては妥当なのかも知れません。
しかし「TRN ST5」ではハイブリッドらしい華やかさ(あるいは「TRNらしさ」)を感じさせつつ、濃密さやまとまりの良さなども追求した印象があり、より聴きやすさやバランスの良さを優先する最近の傾向を踏まえた音作りをしているように感じます。二兎を追う者は、という感じでこのアプローチをネガティブに感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、個人的にはイマドキのアプローチとして「これはこれで有り」かなと思います。ただしオールラウンダーではないため、KZの「ZS10 Pro」(最近の後期型)やアップデートされた「ZS10 Pro X」、あるいはよりニュートラルな「KBEAR Robin」といった別メーカーの4BA+1DD低価格ハイブリッドとの使い分けが最も良いかもしれません。マニアでしたら両方持ってても全然「普通」ですよね(^^;)。